薬膳の歴史

中医学を基礎とした薬膳は2000年あまりの歴史を持ち、それは後世に残された数多い書物の中に記されています。

原始時代

人々は生きて行くために自分の周りに何か食べられるものは無いかと探し求め、美味しく安全なものや有毒なものを食し、中毒にかかるという危険な経験を積み重ねることで、食材と薬草の知識、治療効果のある食材、また、食材の組み合わせによって治療効果を得ることを習得してきました。

夏の時代(B.C.2205~1766年)

人々は穀類の残りかすが自然に発酵して酒になったことから酒の造りかたを知り、行事や飲用だけでなく、治療にも使っていました。「医」の古字は「醫」と書き、脚(漢字の下側の部分)は酒を意味しています。

商の時代(B.C.1766~1046年)

火を使う調理がなされ、「伊尹」という調理人が調理を通して食材の薬としての効果や組み合わせによる効果に気づき、スープから中薬の煎じ方を考え、湯液を作り始め、「湯液経」という本を書いたとされています。

西周時代(B.C.1046~771)

宮廷では飲食や医療に関する「食医・疾医・痬医・獣医」という4つの医職が設けられ、その中でも食事での健康管理に携わる「食医」が最も位が高かったと言われています。
この頃から病気になって治療することより、食事をもって病気にならないようにすることが重要視されていました。

東周~春秋戦国~泰の時代(B.C.770~207年)

医方に関する文献の1つの「五十二病万」には薬物240種の記載があり、その中には塩、乳液、蜜、ラード、牛脂など、現在でも日常食べられている食べ物が食薬として多く記載され、また、この時期に書かれ中医学の経典とされる本「黄帝内径」にも豊富な薬膳理論と食物の治療の効果などが記載されています。

漢の時代(B.C.202~A.D.220年)

中国最初の薬学専門書「神農本草経」が出され、その中には365種の薬物を「上品薬」「中品薬」「下品薬」に詳しく分け、「上品」のものは命を養うために使い、毒がなく、不老長寿のために使うべきであるとされました。「上品薬」の中にははと麦、棗、人参、クコの実など、食用にすることも薬用にすることも可能なものが数多く記されています。
また、医聖と言われる張仲景が著した中医臨床の経典「傷寒雑病論」に記載されている「桂枝湯」という風寒感冒の治療のための方剤は(桂枝・芍薬・天草・生姜・棗)から成り、ほとんどが食材で構成されていることで知られています。
また張仲景はその方剤の飲み方として「薬を飲んで暫らくして温かな粥を食べさせれば、薬の効果を高める」と書き、さらに注意事項として「冷たいもの、生もの、刺激性の強いもの、酒、乳製品の禁忌とする」とも書いています。食材のような無毒な中薬を合わせて用い、病気のほとんどを治し、残りは粥で完治をはかるなど、強い薬より食によって病気を治す重要さを説きました。
また、冷え改善の薬膳処方の当帰生姜羊肉湯(羊肉、当帰、生姜のスープ)や心の不安症の薬膳処方の百合鶏子湯(百合根と卵のスープ)は、張仲景の「傷寒雑病論」に記載されたものであり、この頃から薬膳の土台が確立していったと言えるでしょう。

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