薬膳の歴史

南北朝時代(420~589年)

陶弘景は「本草経集注」に730種類の薬物を収載し、その中では今でも食材として食べられている生姜、白葱、海藻、昆布、大豆などが食療として使う食材として記載されています。

唐の時代(618~907年)

孫思邈が著した「備急千金要方」には多くの中薬、方剤、食事に関することが記載され動物のレバーを使って目の病気を治療するなど、動物の内臓を用いて人間の弱った内臓を養う治療が確立していました。孫氏の弟子の孟詵はこの本中の「食治門」をもとにして241種類の食材であり中薬でもあるものについて記し、138種の薬膳の調理法が「食療本草」に編集され、これは中国最初の食療の本となりました。
この他、食物の性味、効能や使い方、用量などを詳しく書いた陳士良の「食性本草」、陸羽が書いた世界初の茶の専門書「茶経」、茶の美味しさが水と深く関係していることを強調した張又新の「煎茶水記」など、この時代は多くの食療、食養に関する本が続々と出されました。

宋の時代(960~1276年)

中国医学史上初めて国家によって中薬と方剤の専門書の「太平恵民和剤局方」が出され、その中に「食治門」が設けられ、元気衰弱、真陽虚損の処方の「羊肉圓」(羊肉団子)や母乳不足の処方「豚足と通草のスープ」、浮腫みの処方の「黒豆粥」など薬膳の処方も数多く含まれています。

金元の時代(1115~1368年)

陳直の著した「寿親養老書」には”いくら医者が薬を上手に使っても、食を利用した治療には及ばない”と記載されている。
その後、モンゴル人民族が欧州、アジアを支配したことで、各民族の食文化の交流が盛んに行われるようになりました。
宮廷の太医の忽思慧は「飲膳正要」を著し、その中には食薬230種、図168枚、献立238方の記載があり、「五味は五臓を調和する、五臓のバランスが良ければ気血は充実し、元気で爽やかとなり、精神が安定するため邪気は身体に侵入できないので健康になる」という飲食五味の五臓と身体の健康に対する重要性を述べています。
「飲膳正要」は今までの食療から営養保健に注目し、営養によって疾病の予防を強調した中国最初の営養学の専門書となっています。

明の時代(1368~1644年)

李時珍が著した「本草綱目」には食薬1892種、方剤11000余りが記載され、四気五味、昇降浮沈、配合七情など多くの食療と薬膳について書かれ、本草綱目は後世に豊富な資料を提供することになりました。
同時代の姚可成は「食物本草」を編集し、水の美味しさと食との関係を協調し、野菜の食用法など記し、古代における粗食思想を発展させました。

清の時代(1644~1911年)

この時代には多くの食療に関する本が整理され出版されました。例えば趙学敏の「本草綱目拾遺」、高齢者のための100種の薬粥が記載されている曹慈山の「老老恒言」、食の体に良い面と悪い面を記し、素食(精進料理)を提唱した尤乗の「寿世青編」、料理の美味しさや栄養の豊富さを強調し、多くの食薬のメニューを紹介した袁枚の「随園食単」など薬膳学は円熟の時期に推進しました。

近時代(1911年~  )

現代、食薬に関する整理、研究が進められています。1977年、中国国家は中医薬教育のため中医薬大学に「中医養生康復専門機関」を正式におくことを許可し、中医薬膳学の発展はますます加速しています。2003年、湖南中医学院をはじめ、中国の中医薬大学12校の専門家が参加して「中医薬膳学」の教科書が編集され、大学の選択科目となっています。

このように中医薬膳学は上古代の発生と発展から商、西周、唐、明、清時代の成熟、そして近現代へと長い道のりをたどり、今なお研究され後世へと受け継がれつつあります。

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